N-3B Flight Jacket
1950年代、アメリカ空軍が開発した極寒地用(ヘビーゾーン)ジャケット、N-3B 。 約40年間にわたって採用され続けたこのモデルを解体して改めて感じたのは、これが単なる「服」というより、無数のパーツが絡み合う「要塞」に近いという印象でした 。

これまで数々のヴィンテージを掘ってきましたが、この個体のパーツ数と構造の複雑さは際立っています 。 なぜここまで複雑なのか? その背景には、おそらく「動きやすさ」よりも「耐寒性」を最優先にした設計思想があるように思えます 。
書籍版では詳細な解体写真を掲載していますが、ここではその構造から推測される「設計者の意図」について考察してみたいと思います。
1. 「ポケット」というより「ハンドウォーマー」か
まず胸元のポケットについて。 構造を見ていくと、これを単に「ポケット」と呼んでいいのか、少し迷いが生じます 。 内側にはウールパイルが使用され、開口部は必要以上に広く設計されています 。

もしかすると、これは「ポケットにハンドウォーマー機能が付いている」のではなく、「ハンドウォーマーが、結果的にポケットの機能も持っている」と言えるのかもしれません 。 下部のポケットも同様のパイル構造ですが、グローブ着用のまま使用することを想定したような広さからは、「手を温める」という目的への強い意識を感じます 。

2. レザーパッチに見る「極寒のロジック」
興味深いのは、上下のポケットで補強の仕様が異なっている点です 。 胸のハンドウォーマーは「閂止め(バータック)」で処理されているのに対し、腰のポケットやドローコード出口には「革(レザーパッチ)」が使われています 。

なぜ統一しなかったのでしょうか。 一般的には強度のためにレザーを使うと言われていますが、縫製だけで見ればバータックの方が強いという見方もできます 。 ただ、わざわざ手間とコストのかかるレザーを採用しているのには、何らかの意図があるはずです 。

一つの可能性として、極寒地において金属パーツが凍結して肌に張り付くリスクや、糸が硬化して切れやすくなるリスクを考慮した……とも考えられます 。 単なるデザインではなく、環境への配慮から選ばれた素材である可能性が高いのではないでしょうか 。
腰ポケットにはフラップが付いている事を考えると、先の項目の胸ポケットハンドウォーマーと同じ構造の袋と言っても、下側のポケットはポケットの要素として作られたと考えられそうです。
3. 見えない「芯」と、結束の工夫
解体しないと見えない部分にも、興味深い仕様が隠れていました。 風よけとなる前立て(ウインドフラップ)の内側です 。ここには、中綿でも表地でもない、硬めの芯地のような素材が使用されていました 。

もしここに中綿を入れてしまうと、フロントを閉じた際に厚みが出て、開閉の邪魔になる可能性があります 。 あえて中綿を入れず、ハリ感のある素材を使うことで、機能性を保とうとした工夫だと感じつつも、そもそも必要でない箇所にウールを使う必要は無いという単純な結果だとも言えます。
また、ウエストのドローコードの通り方を確認した際、内部で紐が「紙テープ」のようなもので結束されているのが見つかりました 。 これが当時の生産工程によるものだとすれば、非常に人間味のあるアナログな工夫が垣間見えるポイントです 。


4. たった一箇所だけの「巻き縫い」
縫製仕様として気になったのが、袖下のステッチです 。 このジャケットの中で、「巻き縫い(チェーンステッチ)」が採用されているのは、袖下の切り替え線のみでした 。

筒状のパーツを縫う際、巻き縫いは非常に効率的です 。しかし、裏がチェーンステッチになるため、解けやすくなるという側面もあります 。 もし効率だけを求めたなら、他の箇所も巻き縫いにしても良いはずですが、そうなっていません 。
このことから、強度が求められる箇所と、効率を優先しても良い箇所を、明確に区別して縫製していた可能性が考えられます 。 偶然かもしれませんが、作り手の意図的な判断があったようにも受け取れます 。
5. 袖下の「空白」と、肘当てが語る真実
構造上の「引き算」にも注目してみましょう。
袖の付け根、脇の下部分を内側から見ると、中綿が意図的にカット(排除)されているのが分かります。

これはMA-1などのフライトジャケットでも見られる仕様ですが、一般的には「狭いコックピット内で腕を動かしやすくするため」と説明されがちです。 しかし、N-3Bの主な着用者は、爆撃機の搭乗員や、極寒の屋外で整備を行う地上クルー(グランドクルー)だと言われています。
つまり、この「中綿抜き」は、コックピット対策という限定的な理由だけでなく、「腕を激しく動かす労働者のための可動域確保」であり、同時に「熱を逃がすベンチレーション(通気口)」としての機能を果たしていたのではないでしょうか。
袖に付けられた巨大な「エルボーパッチ(肘当て)」と、腰まで覆う「長い着丈」が作業員用だと教えてくれる気がします。 これらは、肘をついて作業したり、吹きっさらしの滑走路で長時間立っていたりする「作業員」にとってこそ必要なディテールです。

6. 「スノーケル」の奥にある、小さな優しさ
N-3Bの代名詞とも言えるのが、フードのファーを閉じると筒状になり、吹雪の中でも視界と呼吸を確保できる「スノーケル(シュノーケル)・フード」と呼ばれる構造です。

このフードの内側には、身頃とは異なる肌触りの良いボア(パイル)が敷き詰められていますが、今回注目したいのは、さらにその奥。
口元が当たる部分に施された、ある「一手間」です。

画像をよく見ると、ファスナーの最上部付近、口や顎が当たる位置に、四角いボアのパーツが後付けで叩きつけられているのが分かります。
普通に縫製すると、この部分は構造上、表地と同じナイロン素材が剥き出しになってしまいます。 しかし、マイナス数十度の世界で、冷え切ったナイロンが呼吸で湿った口元に触れることは、不快どころか凍傷のリスクさえあります。
それを防ぐために、わざわざ小さなボアを「当て布」として追加しているのです。 「ただ覆えばいい」ではなく、「触れた時の感覚」まで設計されている。 この四角いパーツ一つに、パイロットやクルーの命を守ろうとした設計者の、執念にも似た優しさを感じずにはいられません。
フードの外側、頭頂部から後頭部にかけて配置された「調整タブ(共布テープ)」にも意図があります。

これは、フードを頭にフィットさせるというより、「フード自体をコンパクトにする(奥行きを殺す)」ための仕様だと考えられます。
N-3Bのフードは巨大です。そのままでは視界を遮ったり、強風で煽られたりします。
このストラップを縦方向に絞ることで、フードの容積を圧縮し、必要に応じて視界を確保したり、背中での収まりを良くしたりする。
「包み込む機能(ドローコード)」とは別に、「体積を制御する機能」が独立して設けられている点に、道具としての完成度の高さを感じます。
7. 空の記憶(オキシジェン・タブ)
先ほど、袖下の構造や肘当てを根拠に、このN-3Bを「地上の作業員のための服」だと定義しました。
しかし、左胸に残されたこの小さなパーツが、その仮説を真っ向から覆します。

この長方形のナイロンテープ。
これは通称「オキシジェン・タブ(酸素マスクホース固定用タブ)」と呼ばれるディテールです。
その名の通り、飛行中に酸素マスクのホースや通信機のコードがぶらつかないよう、クリップで固定するための土台です。 これが付いているということは、このジャケットが本来、酸素マスクを必要とする高高度を飛ぶ「搭乗員(Air Crew)」のために設計されたことを意味します。
その証拠に、首元のタグ を見てみると。
そこには明確に「JACKET, AIR CREW」と記されています。
8. ミルスペックから読み解く「答え合わせ」
構造を掘り下げた後でこのタグを見ると、単なる布切れではなく、歴史の証人として多くのことを語りかけてきます。

コントラクター:ALBERT TURNER & CO., INC.
下部に記された社名は、ヴィンテージ好きにはお馴染みの「アルバート・ターナー」社。 数ある納入業者(コントラクター)の中でも、安定した縫製クオリティで知られるメーカーです。基本的には僕はコントラクターで選ぶ事はしていません。(そこまで出来ていないという方が正しい)
スペックナンバー:MIL-J-6279C
そして何より重要なのが、「TYPE N-3B」の下にある文字列です。
末尾が「C」となっています。
N-3Bは長い歴史の中で、無印からA、B、C…と改良(改定)が重ねられていきますが、この「Cタイプ」は1950年代後半に採用されていたモデルと言われています。 後の年代(EやFモデル以降)になると、中綿がウールパイルからポリエステル等の化学繊維に変更されたり、仕様が簡略化されたりしていきます。
つまり、このタグが示しているのは、「まだコスト度外視で、天然素材(ウールパイルなど)を贅沢に使っていた時代の個体である」という事実です。
解体して目の当たりにした「異常なまでのパーツ数」や、手間のかかる「芯地使い」。
それらの理由は、この「6279C」という記号が示す時代背景と照らし合わせることで、すべて腑に落ちます。
タグ(史実)と、中身(構造)。
この二つの整合性が取れた瞬間こそ、ヴィンテージ解析において最も興奮する瞬間かもしれません。
総括:生存のための「要塞」

今回のN-3B(ALBERT TURNER社製 / 6279C)の解析を通して見えてきたのは、MA-1やL-2Bといった他のフライトジャケットとは根本的に異なる設計思想でした。
多くのフライトジャケットが、狭いコックピットでの「可動性(Mobility)」を追求して進化していったのに対し、このN-3Bは「防護性(Protection)」を神として崇めています。
異常なまでのパーツ数。 動きやすさよりも暖かさを優先した分厚い中綿。
凍結防止のためのレザーパッチや、呼吸確保のためのフード構造。
そして、今回見つかった「作業員のための肘当て」と「パイロットのためのオキシジェン・タブ」の共存。
これらが示しているのは、この服が、空と地上の境界がまだ曖昧だった時代に、「極寒」という共通の敵から人命を守るために築かれた「要塞」であるという事実です。
現代の効率的な服作りから見れば、このN-3Bはあまりに重く、あまりに過剰です。
しかし、その「過剰さ(オーバースペック)」の中にこそ、効率化の中で我々が失ってしまった「服への執念」や「道具としての美しさ」が詰まっています。
「空を飛ぶ服」であり、「地を這う服」でもある。
この矛盾を孕んだ複雑な構造こそが、半世紀以上経った今もなお、我々を惹きつけてやまない理由なのかもしれません。
そして、ここまでこの「要塞」の内部を見てきて、ふと思うことがあります。
これほど重厚な装備を、さらに圧縮し、狭いコックピットで座るためだけに特化させた「兄弟機」が存在します。
背中の干渉を避けるために割れるフード。 計器に触れないためのショート丈。
N-3Bの「過剰さ」を知ってしまった今だからこそ、逆にその「凝縮された機能美」と比較してみたくてウズウズしています。
次は、N-2Bを掘りたくなっちゃいました。
